So-net無料ブログ作成
検索選択

伝統の意味 [ニュース]

山梨県のとある高校の話です。
この高校は大正時代から「強行遠足」というのがあるらしい。11年前からは男子が学校からどっかの市役所までの105キロを約22時間、女子が47キロを9時間かけて歩いてたんですが2002年にこの遠足中女子生徒二人が乗用車にはねられて負傷するという事故が起きたため翌年から男子55キロ、女子30キロに短縮されて昼間だけで実施されていました。
105キロっていえば時速6キロ(これは割と早足ですが)で考えても17~8時間かかりますからね。
朝の4時出発で10時に到着するという計算です。
けどおそらく平均時速は5キロ程度でしょうから21時間、ほぼ一日です。
交通事故で亡くなった生徒さんが出ましたが、こんな距離歩かせたら交通事故が起きなくても現代っ子は心臓麻痺をおこしていた可能性もありますね。
ま、この距離でいいんじゃない?と思っていたら卒業生から「ぶっ倒れるギリギリまで歩くことに意味がある!(一部誇張あり)」なんて意見が出されたそうだ。
で、高校側は考えたわけさ。
考えに考え抜いて距離を75キロにした。
当然夜間も歩くことになったわけだが生徒にICタグを持たせてルート通過を確認することにしたんだそうだ。
ウンウン、それは仕方ないだろうと思うのが普通だと思うんだが、そうでない人もいるみたい。
「過保護じゃないの?」「行き過ぎた管理につながる」なんて意見が出ている。
このことに関してどっかの大学の教授がこんなことを言っている。
「まるで動物を扱っているかのよう。先生の励ましなど、対話しながら歩くことに意味があるのではないか。ICタグを付けること自体が管理で、教育現場にこの動きが広がることを危惧する。」
...アホである。
実際に子どもを指導する機会のなかった人の意見だな。
アレかな、学校の水泳の授業中に時間決めて子ども達をプールからあげて人数を確認するのも動物を扱っているようなもので、管理教育だからやめろとでも言いたいのだろうか。
この遠足に参加する男子生徒の数は450人。
ICタグを付けずに先生が生徒と対話しながら歩くとしよう。
この人数の生徒全員を(事故がおきないように)しっかりと監視できる人間って何人必要なんでしょうかね。
しかも夜間である。
仮に先生が50人参加したとしても(そんなにいるとは思えんが)一人当たりの割り当て生徒数は9人。
これを校外活動、しかも夜間にちゃんと把握できると考える方が異常です。
それも、その場にじっとしているんじゃなくて歩いているんですよ。
やっぱ高校生だから、中にはバカなのがいて道に迷ったり、あるいはワザと道から外れて元に戻れなくなったりするのも出てくる。
子どもの安全を第一に考えるのが学校なんだから、教育の一環としての遠足に管理システムを入れるのはごくごく当たり前の発想なんじゃないか?
「だったら距離を伸ばさなければいい」なんて意見も出そうだが(って、実際に出ているんだが)、卒業生の心情も汲んでやれよ。
距離を伸ばさなければいいって言ったやつがどんな学校出たのかは知らんが、どんな学校にも伝統ってぇのがある。
それは卒業生もしくは深く関わった人以外には「何でそんなことすんの?」みたいな内容(体罰なんて論外だが)のことが多い。
それについて関係者以外が口を挟むのは一つの文化を軽視しているのと一緒なんですよね。
どういう形であれ伝統を存続させるという選択をした学校の対応を批判する資格なんて誰にもないんです。
クジラを食うとか犬を食うとかそんな独自の文化にあれこれと口を挟むのは野蛮人のすることだと思うんだがな。
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:日記・雑感

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。